2010年08月23日

ブランド企業に就職すると良いという誤解

学生はもちろん、多くの社会人が持ちやすい誤解について、改めてちゃんと書いておきたいと思います。

ブランド企業に入りたくてしょうがないブランド志向の学生諸君、ブランド企業の内定者の皆様、ブランド企業に在籍する社会人の皆様、ブランド企業に入ることを目指す学生向けに高い講座を販売している業者の皆様は、必死になってこの事実を否定したくなる気持ちもわかりますが、実際に私が目にしている事実のケースをもとに書いていますので、真実を含んでいるものとして受け止めていただければと思います。



◆中途採用の際に前職がブランド企業・大企業だと評価されるという誤解

転職の際に、履歴書の社名を見られて、無名企業だとダメ、有名企業だとOKと、企業側が判断すると考えている人は、採用担当をバカにしていますね。もちろん、そんなバカな採用担当もいるかもしれませんが、賢明でまともな採用担当がいる会社に転職したいのであれば、前職がブランド企業であれば転職しやすくなるなどと考えないことです。

私は、いろいろな会社の経営陣や採用担当の方々と日々コミュニケーションさせていただいていますが、中途採用において、前職がブランド企業・大企業であることが有利に働くケースももちろんあるが、その逆の状況も見てきました。

有利に働くと言っても、学歴と同様に、最低限の品質保証をするものでしかなく、○○大学に入れた程度の学力はあります、○○商事に入れた程度の能力はあります、という過去の履歴を評価する程度にしか使われません。経験上、大学も無名、職歴に並ぶ会社の無名の場合には、書類で落とされる率は上がると思います(残念ながら事実かと)。ただ、学歴が有名一流大学、職歴が無名企業の場合には、逆に興味を持たれて、会ってみたいと思うのが人情です。(価値の源泉は希少性にあるわけですから、希少な人には会ってみたいと思うものです)実際に、有名大学卒であれば、職歴にブランド企業、有名大企業がなくても、面接に進めるケースがほとんどです。

逆に、東大卒・○○商事5年目みたい人は、ブランド志向が強すぎて、プライドも高そう、その割に仕事ができない(大企業の看板にあぐらをかいているのでは?)と思われて、そもそも面接に呼ばれないケースもあります(これ実話)。

もうちょっと本質的な話をすると、本来、中途採用では、実際にやってきた仕事内容や業務実績を評価する傾向があります。例えば、世間的には無名の証券会社にいても、M&Aやストラクチャードファイナンス、あるいは不動産金融など、専門性の高い業務実績があり、経験が数年以上あれば、有名大手証券会社や、世界有数の外資系投資銀行などに中途入社できます(これも実例多数ですが、2000年頃からリーマンショックまでの話かもしれません)。

あと、そもそもの話をすれば、ブランド企業というのは、産業や事業、会社のライフサイクルに依存しており、ブランドになった時点で、ライフサイクルの成熟期を迎えている可能性が高いのです。成熟の後に、さらなる成長カーブに行く会社も稀にありますが、ほとんどの会社は衰退期に入ります。東大生に人気の就職先は、ピークアウトしているというのは、あながち根拠のない説ではないのです。(東大生はブランドを追い求める傾向にあり、ブランド化している会社はライフサイクルの成熟期にある可能性が高い。よって、東大生の人気志望先は成熟→衰退に陥る可能性が高いというロジック)

サンプルを出して説明すると、私が大学を卒業した2000年の東大生の就職先第1位は日本アイ・ビー・エムでした。ちなみに、後にも先にも、東大生が最も多く就職した会社が同社だったのはこの年以外ありません。で、日本IBMの業績はというと、2000年当時 1兆4000億ぐらいだった売上が、2009年で9500億円程度に落ちています。10年間で3分の2に減っているわけです。(社員数は現在非公開となっていますが公開していた時期までの記憶をたどると同様の比率で減少しています)



◆起業する際にも、ブランド企業出身者の方が出資を受けやすいという誤解

もし、こんな誤解をしている人がいるとすれば、VCなど投資家の方々をバカにしすぎですね。確かに、前職がブランド企業だから投資するというバカな投資家も世の中にはいるのかもしれませんが、賢明でまともな投資家と付き合いたいのであれば、ブランド企業出身であるという程度で出資を受けられると思わないことです。

私は起業家として、自ら会社を立ち上げました。VCの方々にもたくさんお会いしました。ある投資家の方が言っていたのは、「あなたみたいな有名大手企業で働いていて起業しましたみたいなタイプは一番投資しづらいんですよね」と率直に言ってくれました。当時の私は、少しショックを受けましたが、理由を聞いて、至極納得したのを覚えています。彼が言うには、「ベンチャーと大企業では求められる力が全く違うし、スポーツに例えれば、使う筋肉が違う」のだと。「大企業しか経験のないあなたがベンチャーで成功する保証はないし、ましてやスタートアップでは厳しい。もう一度、別のベンチャー起業家のもとで修行しなおしてから起業しても遅くないのでは?」とまで言ってくれた。幸い、私はそのことを素直に受け止めて、自分のプライドを全て捨てて、自分は優秀であるという勘違いから脱して、起業家の先輩たちから謙虚にすべて学ぶようにしたのです。当時、お世話になった起業家の先輩たちからたくさんのことを学びました。今、起業して5年近く会社を続けてられるのは、その頃に学んだことのおかげです。前職の大企業には恩義を感じてはいますが、起業家として役に立つことが学べたか?という点ではゼロに等しいと言い切れます。

他のVCの方から言われたひとことも紹介しておきましょう。投資したくなるタイプの起業家の特徴を教えてくれました。一番投資しやすいのは、「トラックレコードがある起業家」だと言っていました。トラックレコードとは、ベンチャーでの実績のことを指し、「例えば、上場前のアーリーベンチャー時代に入社して、経営幹部まで出世して、その後、上場まで経験している経営幹部が起業する場合」などと説明をしてくれました。確かに、ベンチャーの成長カーブを体験しており、かつIPOまで経験している起業家率いるマネジメントチームのメンバーだったのであれば、同じようにベンチャーを創業し、上場まで至る再現性が高いと判断するのでしょう。


最後に、シリコンバレーの例も引き合いに出してみましょう。
米国では、PayPalマフィアと呼ばれる起業家・投資家のネットワークがあります。PayPalは1998年に設立され、2002年にeBayに売却されたオンライン決済サービスのベンチャー企業です。この間に数百人しかいなかった元経営陣や元スタッフが、次々と起業家となって大きな資金調達に成功しているのです。
今でこそ、PayPalは世界的なインターネット会社で、もしかしたらブランド企業と言って良いのかもしれませんが、では、当時のPayPal(1998-2002)はどうだったでしょうか?ブランド企業ではなく、スタートアップ・アーリーステージのベンチャー企業だったわけです。

同じように、楽天出身者が投資家から評価される現象が日本でも起こっていると思いますが、ブランド企業になりつつある現在の楽天ではなく、マンションの1室からスタートしたスタートアップ期から上場前後の数百人の規模の頃(まだブランド企業化していない頃)の楽天の出身者が、投資家から起業家として高い評価を受けているのです。(GREEの田中社長も楽天が50人以下の規模の頃からジョインしている)

※シリコンバレーの例を出すと、ここは日本だし、かの国とは事情が違うとか反応しちゃう思考停止もやめてほしいですね。シリコンバレーの話が日本にも応用できるかはケースバイケースです。


以上、急いで書いたので粗があったり、文章として言葉足らずな点があるかもしれませんが、ご容赦ください。


※上記一連の記事に対する、反論・質問・ご意見は歓迎です。ただし、匿名で批判してくる人とかあげ足とる人は勘弁してください(フェアじゃないので場合によっては無視します)。批判があれば正々堂々と名前を出して絡んでください。

yutaslogan at 22:16コメント(4)トラックバック(0) 

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コメント一覧

1. Posted by ようじ   2010年08月23日 22:40
勉強になりました。ありがとうございます。
2. Posted by 奥野   2010年08月24日 10:38
ご無沙汰しております。就職の際は本当にお世話になりました。

この記事は、起業を視野にいれた際に大企業を選ぶという愚について書かれているのだと思います。

個人的な感触ですが、就職の際に大企業に求めるものは知名度からくるブランド力よりも、安定した生活というのがマジョリティだと感じています。

ですので、「ブランド企業に入れば安定した生活が保障されるという誤解」についても、是非書いてほしいなと、この記事を読んで思いました。
3. Posted by    2010年08月25日 11:29
学生からは見えにくい実例について具体的に言及されており参考になります。

反論ではないですが、何点か気になる点として、
1.ブランド企業に就職すると良い、に対して、転職市場において有利でない、起業の際に出資を受けやすいわけではない、というのは反論になっていないのではないか。
そうしたことを狙っている学生に対してはとても鋭い指摘だと思いますが、実際にどれだけいるのでしょう。

2.中途採用市場に関する話で、実際にやってきた仕事内容や業務実績を評価する傾向があるのならば、ブランド起業かそれ以外で変わるのか。
どちらの場合でも、評価される仕事をする人と、されない人がいると思うのです。


ご指摘のように、ブランド企業が成熟期にあるというのは重要な事実で、それを認識していなかったり、一生安定だと思いブランド企業を狙うのは僕もどうかと思っています。

上から目線で失礼しました。
4. Posted by いとう   2010年08月25日 14:41
ようじさん、
少しでも気づきや考えるきっかけになれば幸いです。

奥野さん、
おっしゃるとおり、安定した生活を得るためにに大企業という発想の方が多数派かもしれませんね。「ブランド企業に入社すれば安定した生活が保障されるという誤解」をテーマにも記事を書いてみたいと思います。

大さん、
ご指摘ありがとうございます。
ご指摘のとおり、完全な形で反論している記事ではありません。ブランド企業を目指せよ!と学生を煽る某記事へのカウンター記事として書いた手前、このような論点を絞った形になっています。

中途採用市場での指摘はそのとおりで、前職企業名よりも、やってきたことを評価します。その上でも、同じ年齢・経験年数であれば、ブランド大企業よりも中堅・小規模の成長企業の方が、より評価される実績・実務の経験が積める傾向にもあります、と付け加えるべきでしたね。

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Profile
伊藤 豊 スローガン株式会社 1977年11月に栃木県宇都宮市に生まれる。1996年私立開成高校卒業後、東京大学理科一類へ。文転し、文学部(行動文化学科心理学)卒業後、2000年に日本IBMに入社。システムエンジニア,関連会社にて新規ビジネス企画・プロダクトマネジャーを経て、本社のマーケティング部門にてプランニングワークに従事すると同時に、ベンチャー企業の設立に携わり、マーケティング、ウェブ系プロモーションを主に担当した後、スローガンを設立。現在に至る。 「人の可能性を引き出し 才能を最適に配置することで 新産業を創出し続ける」 スローガンGoodfindFacebookTwitterLinkedIn